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八月五日。
「……」
少女は沈む夕日を見つめながら両手を祈るように組み人を待っていた。
花咲鈴。花咲姉妹の末っ子であり小学生並みの小柄な体格に無表情で寡黙な文学系少女である。人が嫌いな訳ではない、幼い頃に人と触れ合う機会が少なかったため少し苦手意識を持っている。そんな少女は周囲から天才と呼ばれ尊敬されている。だが少女が欲しかったのはそんな肩書きでもましてや尊敬の眼差しでもなかった。ただひとりの想い人の心だけだった。
恋愛に天才も凡人も関係無い。全ては偶然か運命か前世か輪廻かはたまた神様の気まぐれか。テストで百点は取れるが人の気持ちは全然わからない……もどかしさが少女の心をざわつかせた。
いつまで待てばいいのか、見つけてくれるのか、そもそも選ばれるのか。不安は焦りを生み、それは体の内部……心を蝕むが少女は無表情で沈んでいく夕日を黙って見つめていた。そんなことくらいしか出来ないから……
「んっ、んー」
青年、新城雄仁は体を伸ばし今出た家を一瞥し学校の方向を見た。
「家にはいないのは分かりきってますからやっぱり学校ですかね」
じんわりと額に浮かぶ汗を拭い学校に向かって走り出した。タイムリミットまで残り110分。
いつもの通学路を走り抜け学校に着くと門が閉じられていた。当然、この時間に学校に入るのは規則違反である。最善の注意を払いながら門に手を掛け飛び越えようとした瞬間手は、体は止まった。
「校則違反……」
鈴がそんなリスクを犯すか?ただでさえ飛び級で特待生の鈴が校則を破った所を見つかったら退学処分は確実だ。いない、ここにはいるはずがない。
「もしかしてみんなで花火を見たあの丘なら……いや、鈴は虫が大の苦手だからあそこにひとりで行けない。だったらどこにいる?」
次第に焦りが生まれ始め立ち止まっていることに苛立ちを感じ始めた。
「とにかくどこかに行こう!」
行き先も決めず走り始めた。住宅街を走り抜け、土手を走り、近所の公園にも足を伸ばすが探し人の姿は見当たらなかった。それでも不安から足を止めることができず走り続けることしかできなかった……
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