第1章

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 目の前にニコニコを笑って座っている男の子。男の子だ年齢ははっきりしないが中学生かいいところ高校生だろう。彼に向かって私は頭を下げる。 「色々と世話になっちゃったね」 「いえいえ。僕はあなた達を応援しただけですから」  笑顔を崩さないまま物忌佐鳥は手を振った。変わった名前だと思う。直樹の親戚筋の子で友達だと言っていた。直樹とは結構歳が離れているが実際に会って話してみると人当たりのいい子だった。 「僕は二人の事を応援していますから。協力は惜しみませんよ。直樹さんには好きな人と一緒になっても雷太ですから」  好きな人。面と向かって言われれると年甲斐もなく照れくさくて頬が蒸気する。直樹の表情をうかがう。直樹も照れているように見えた。ちょっと心が通っているようでまるで少女のように嬉しくなる。 「二人きりの旅行楽しんできてくださいね」 「ええ。ありがとう」 「宿の手配なんかは全て済ませてありますので手ぶらで行っても泊まれる状態です」  随分と手回しが良い。実際、佐鳥君は優秀な子のようだった。直樹も話題にするときはいつもほめていたような気がする。 「じゃあ、いってきます」 「気を付けて行ってらっしゃい」  佐鳥君に見送られて私たちは駅に向かって歩き始める。真夏の日差しがアスファルトを焼いて照り返しの熱が蜃気楼のように空気をゆがませていた。 「二人きりの旅行なんて楽しみだね」 「ああ。今までは俺が病気がちだったから。遠出もできなくて悪かったね」 「いいの。私は直樹と話しているだけでも楽しいしね」  近くの在来線はそれほど混雑していなかった。子供連れの親子かこれから祭りにでも行くのだろう浴衣を着たカップルがいるぐらいだった。 「祭りがあるんだね」 「ああ。そうみたいだ。翼の浴衣姿も一度見てみたかったな」 「私の浴衣姿なんて似合わないよ」  実際私は普段からボーイッシュな服装をして いる。女性にしては高すぎる身長と親から受け継いだ筋肉質な体型。それに肌が地黒なこともあって昔から女の子らしいという服装というのは避けてきていた。 「俺は似合うと思うよ」  直樹がそんなことを言うのでまた、頬が赤くなる。本当に中学生の初心な女の子に戻ったような気持だった。好きな人に褒められるというのがこんなにも嬉しい事だったなんて。もともと口数が少なくあまり自分の気持ちを口に出してくれない直樹は今日は妙に饒舌だ。
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