―白狗の過去―

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「うそ、だ」 否定しか出来ない。 何も、聞きたくない。 「嘘を言うな!!」 思わず耳を塞ぎ、床に膝をつく。それを見た彼女はいささか残念そうな顔をし、しかしどこか軽蔑するようなまなざしを注ぐ。 「…あら、残念だわマリウス。外の世界へ行って少しは賢くなれたのならお姉ちゃん嬉しかったのだけど、」 「今更見ないふりは効かないわよ、この愚か者」 その言葉が聞こえたと同時に、マリウスの視界に影が出来る。すぐ目の前に彼女が迫っており、肉切り包丁を振り下ろそうとしていた。 「く、…!」 間一髪気づき、少し肩口に傷を作ってしまったが、なんとか距離を置いた。まだ混乱する頭のまま、マリウスも武器を彼女に向かって構える。 武器を構えられても、彼女は動揺もせず、どこか独白するように呟くばかりだった。 「そうねえ、そもそもお前と似た顔というだけではまだ認めてくれないかしら?なら、否が応でも認識してもらうわ」 彼女の赤く、大きな瞳が一層赤く輝く。その光はどこか淫靡で熱っぽく帯びていた。 マリウスは勘づく。彼女の目を見てはいけないと本能的に思う。 そう思うのは、彼女から漂う異様な雰囲気だけではない。 「"武器を捨てて、這いつくばりなさい"」 その言葉と同時にマリウスは武器を床へ落とし、そのまま膝をつく。 抵抗もできず、手も動かせない。 ―彼女も、自分と同じ、"魅了の目"の持ち主であった。
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