一夜

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午後9時。 付きだしを用意し、料理の下ごしらえも終えた店主が、最後にぐるりと小さな店内を見回してから、暖簾を手に取った。 古い木の引き戸を開け、外に出ると、戸の横にある止まり木に、「ヤタ」の姿があった。 「ヤタ。今夜もごくろうさん。」 脚が3本のヤタガラス、通称「ヤタ」は、声を掛けられて「ぎゃあ」と一声鳴いた。 「今夜も見張りをしてやる。だから、御神酒を寄越せ。ぎゃあ!」 ヤタの好物は、酒。 しかも、店主の店や自宅の神棚に一度お供えした御神酒が一番好みときている。 ヤタ自身は見張りと言ったが、もちろん店主はそんなことは頼んでいない。 いいところ、店の目印になれば、程度の気持ちだ。 古くて小さいこの居酒屋は、表通りに面しておらず、路地を少し入ったところにあるので、目立たない。 だから、誰かに説明するときに、「カラスが店の前の木に停まっている」と言いやすいのだ。
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