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――ボクは、再三に渡って受けた数々のイジメから脳裏に刷り込まれた恐怖感、そのアレから繰り出される条件反射よろしく……
「あ・さ・ま・君、お・は・よ……うふふ、あは」
――そう、あたかも、パブロフの犬みたいな条件反射を炸裂させながら……
河鹿薫子と目を合わせないようにしつつ、
「お……はよ……」
と、辛うじて彼女に聞こえるかなという小声で挨拶を返したのだった。
――だってさ、挨拶を返さなかったっていうツマンナイ理由で、またまたイジメが再開したら嫌だし……
なんていう心理状態に陥っているボクだったが、ボクは河鹿薫子の口から予想外な囁きを聴かされてしまう。
「アキチャン……」
――は? アキチャン? えっと……
「ねえ? アキチャン、アキチャン、アキチャンったら!」
――えっと? え? アキチャンって何だっけ?
「ねぇ、ねぇ……秋ちゃん?」
――アンビリバボぉー!! 『秋ちゃん』ってボクの名前だし!!
河鹿薫子は何をトチ狂ったのか、ボクの名字ではなく、馴れ馴れしくボクのファーストネームをほざいているのだった。
「ねぇ、ねぇ……秋ちゃん? 秋ちゃん? ねぇ、ねぇ?」
――うつむくように顔を下に向けていたボクだったんだけどさ……
河鹿薫子からの四度目の呼びかけに、ボクは思わず彼女の顔をチラっと見てしまった。
――えぇー!? うそ!? 何で泣いてるの!?
「うぅ……秋ちゃん、秋ちゃん……あたし、あたし……」
――何で? どうして泣いちゃうの? ボク、何も悪いことしてないのに……
なぜだか全く分からないが、河鹿薫子の瞳には涙が溢れんばかりに湧き出している。
「秋ちゃん、秋ちゃん……あたし、あたしね……」
そして、とうとう一筋の雫となって彼女の頬を涙が流れ落ちて行ったのだった。
――泣いちゃイヤだ! 涙の辛さ、ボクは誰よりも知ってるから……哀し涙なんて毎日のようにボクは流して、その辛さ、誰よりも知ってるから……
「ねえ……薫子ちゃん?」
「え? 秋ちゃん?」
――彼女の涙を見た途端、なぜだか、反射的に有り得ない行動を始めてしまったボクみたいな……
そう、誰が見ても根暗で引っ込み思案のボクには有り得ない大胆な行動を。
――泣いてる、大変だ! 河鹿さんを……哀しい涙を流してる薫子ちゃんを何とかしてあげなくちゃ!
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