story 5

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先に触れたのはそっち。 わたしからは何もしてないから。 優劣や順番を付けたがる顔だけの、つまらない女がわたしだ。 どっちからでもいいだろ、って。 こういう時にフェロモンって出るんだと思う。 むこうは、見えない香りに引き寄せられる こっちは、目の前の本体に近付きたいと思う 僅かな緊張とか 揺れる心臓とか たかぶるからだのなかのあつりょく とか 本能が発情する自然の仕組みは 時として、残酷だ。 絶対に交わるべきじゃない人生が もしかして触れ合ってしまったら 何もなければ何も起きない 起きてもいい相手はあんたじゃない 「黒髪なのに」 瞳の色は 神秘的なんだな 「そそる」 音にちゃんと乗せるセリフの間に 吐息だけのそれを混ぜ込んで 神谷忍は“間”の使い手だと思った。 手馴れたスマートな男は沢山いたし 今でも周りにいるのはそんな男だ。 だけど 空気を介してハイリコンデクル男は 神谷忍が初めてだった。 クリップが椅子を一旦跳ねてから 静かにコン、と、床に転がる。 プラスチックの重さなんて気にならないぐらいなのに、やけに鮮明に聞こえた。 次に聞こえたのは ザリザリという 神谷忍の掌が、わたしの髪をやや荒く掴んだ音だった。 聞こえた、というよりは 皮膚を伝ってきたという方が、正しいのか。
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