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壁の上へ戻ると黒い巨体が無数に蠢いていた。サイカブトの甲皮には穴が開き、オレンジの液が溢れている。そこに複数の虫が群がり、体液をすすっていた。
その間にもオオクワガタの牙が既に動かないサイカブトの羽を砕き、新たな体液を吸い出すための穴を作り出す。虫たちは壁を死骸で飾り、既に半数は動かなくなっていた。
『奴ら食事中だ。こっちもまとめて平らげるぞ。大型のクワガタは連中の硬い皮もぶち抜く。うまく誘導して数を減らせ』
第十三駆除隊を吸収して再編した第二十八駆除隊に通信を飛ばすと、各人員が四人の班に分かれて散る。大剣一人に銃器三人の構成で作られた各チームは、無防備にオレンジの体液を舐めとる虫を大剣で転がし、晒した腹を銃器の弾丸で蜂の巣にしていく。そうして数を削っていく間にも、一度壁を飛び越えて行った虫たちが舞い戻り、隊員たちはその巨体に蹂躙された。
腕が上がらなくなった頃にインカムから撤退の命令が飛び込み、重たい大剣を引きずって退避する。隊員の点呼を取れば、出撃前と同数になることは無かった。外で矮小な虫が人の形をした死神の気まぐれで命を落とすのと同様、俺たちは常に死神に片手を掴まれているのだと強く実感する。
四十分の戦闘と十五分の休息。幾度も隊の再編を繰り返しながら、虫の駆除を進めていく。そして、陽が西で赤く空を染め始めた頃に、ようやく一帯に響いていた腹の底を揺らすような虫の羽音が止んだ。外に飛んで行った虫の駆除は順調に進んでおり、騒ぎ疲れたのか動きを無くした壁上の虫たちの排除も済ませた。やっと今日の馬鹿騒ぎも終わりを迎える。
壁の上はオレンジの体液がペンキをぶちまけたように彩っていた。粘り気のあるそれに体が沈んでいくのも構わず、皆その場に崩れ落ちる。
『駆除隊、各員。ご苦労様です。気象庁から今晩、熱帯夜の予報が発表されました。深夜帯に虫の活動が活性化する可能性が高く、ライトによる誘導と駆除を行います。外周を担当した駆除隊が先に任務に当たりますので、各員は一時間の休息の後に出動してください』
通信の内容にインカムを投げ捨てて、近くに見える空を見上げた。
「こっちは勝っても逃がしてもらえねえ。地獄かよ。奴らがはしゃぐ夏なんていらない。なくなればいいのに」
赤い空の反対で、既に星が輝き出していた。次の出動までの時間を脳が勝手にカウントダウンし始めている。
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