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冷夏。かつて使われていた意味とは異なるが、夏日すら数える程しか記録されない現代の夏を指して使われる言葉だ。地球温暖化が騒がれた時代もあったというのに、今では地球寒冷化対策をお偉いさん達が話し合っている。
冷まされ温められさぞ大変だろうと地球の健康を祈りつつ空を見上げると、太陽が久方ぶりに眩い主張を披露していた。
「そういえば昨日、夏日の予報が出てたっけな」
燦々と輝く太陽から重要な情報を思い出し、肩を落とす。
「タクマに誤魔化してもらうか」
手土産の一つでも必要だろうと思案して顔を上げると、道の端にしゃがむ二人組の少年が目に留まった。
非番の日なのにいつもより早く起きてしまい、せっかくなのでと歩いて街まで向かったのが一時間前。見上げる程高い壁と更地しか見えない道を延々と歩き、やっと人の生活圏の臭いが漂い始めた頃合いで、初めて人と遭遇した。
少年たちはアスファルトの上でしゃがみこんで、足元に熱い視線を送っている。そこには硬い外皮に陽光を反射させる節足動物が二匹、頭を突き合わせていた。一方はスラリと伸びた槍のような角で相手を突き上げにかかり、他方は振り上げた二本の牙で相手を挟み込みにかかる。虫相撲をさせているようだった。競わされる両者は、人など目に入らぬ様子で互いに牽制しあっている。彼らの敵意は目の前の対象にしか向かないようだ。
少年たちがのめり込む勝負は早々についた。力強い牙が相手を捉えるよりも、持ち上がった顎を突き上げる槍の方が早かった。鋭い突き上げに放り上げられた相手は腹をさらして倒れこみ、六本ある足を懸命にばたつかせる。
「死ぬほど痛いんだよな、あれ。カブトムシのツノもクワガタのハサミも遠慮したいもんだ」
その光景に思わず脇腹をさすっていると、少年の片割れが勝者を称えてカブトムシを天に掲げた。
「やった! 俺のカブトの勝ち! ほら、森へお帰り」
そのまま少年が繁みへカブトムシを逃がしてやる。一方で敗北を喫した少年は、負けたクワガタを踏みつぶした。勝ち誇った少年が茶化すように笑う。
「うわ、お前ひっでぇな」
「いいんだよ。次はもっといいの見つけるから。たかが虫だろ。もう行こうぜ」
「わかったよ、すねんなよ」
小突き合って去っていく二人の少年を見送って、将来有望だな、などと益体もないことを思った。
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