夏なんてなくなればいいのに

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 少年たちが去った後、残されたクワガタの残骸を見て、また脇腹をさする。  生は勝ち取るもので、死は訪れるもの。人という災害に巻き込まれた時点で、死はあの二匹の間近まで迫っていた。その中で生を勝ち取った者と、死の来訪を拒めなかった者に分かれた。それだけのことだ。  腹をさする手に力が入ったところで、ジーンズの尻側のポケットにねじ込んだ携帯電話が振動する。取り出してみると、寮の同居人であるタクマの名前が表示されていた。  電話を受けると、焦りを滲ませるタクマの声が飛んでくる。 「ケンジ、今どこ?」 「街の入り口。非番だったんで、散歩がてら歩いて来た」 「何してんの。前日に夏日予報が出たら甲種警戒だから昼過ぎまでは待機でしょ」 「悪い。さっきお天道様を見て、夏日予報が出てたことを思い出したんだ。適当に誤魔化しておいてくれ」  今日はもう戻る気が無いと伝えるも、タクマの声は厳しいままだった。 「上にはバレないようにしておくから、十五分で戻って来てよ」 「は? 十五分? 無理言うなよ。なんで――」  頼む立場にありながら抗議の声を上げたタイミングで、唸るようなサイレンが俺の言葉を飲み込む。続く放送でタクマの焦りの理由を知った。 『住民の皆様にお知らせ致します。真夏日警報が発令されました。速やかに避難を開始して下さい。繰り返します。真夏日警報が発令されました。速やかに避難を開始して下さい』 「何で……夏日って言っても、今日の最高気温は二十六度だったはずだろ」 「知らないよ。天気予報が外れるなんて、今に始まった話じゃないし。そのための甲種警戒な訳で。とにかく急いで。先に行ってるから着いたらそのまま上がって来るんだよ」  タクマの方も慌ただしいのか、そのまま一方的に通話が切れる。 「非常時用のバイクまで走って三分、バイクで戻るのに十分。ギリギリじゃねえか」  タクマから告げられた残り時間に悪態を吐いて走りだす。
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