夏なんてなくなればいいのに

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 外に出ると空が近かった。そう感じるのも当然か。今朝、寮を出たときに見上げた十メートル越えの壁の上に立って居るのだから。 「数が多い。まずいよ。どんどん出てくる」  壁の淵へ寄り、下を覗いたタクマが顔を顰める。  壁には何体もの昆虫が張り付いていた。ゆっくりと足を伸ばし壁を上っている。ある種、日常にも見うる光景。今朝に見た少年たちも虫を捕まえる時に同様の姿を見たはずだ。致命的にずれている点があるとすれば、この高い壁の裾の方でも同じ光景を目視出来てしまう事実だろう。手が届くはずもない遥か下方なのに、手を伸ばせば虫を手中に収められると錯覚しそうなほど手近に見える。  壁の上では他の隊が駆除の真っ最中だった。 「左のヤマトカブトムシをやるぞ」  確認は取らずに、手近な虫へと先陣を切って走り出す。  甲皮の中央から端に向かって茶から黒へと変わっていく丸いカブト。先が割れた長いツノで飾ったそれが、壁の上に這い出て来る。胴体が昇りきる前に首元に駆け寄ると、刀身が届かない距離で大剣を切り上げの要領で一振り。その一刀は空を切り円を描く。その遠心力に任せた勢いのある踏み込みで、今度こそ甲殻の隙間を突き、首の付け根へと大剣を叩きこむ。めきりと音を立て、刃がヤマトカブトムシの首に食い込む。剣が入った先、首からはダラダラと粘性のあるオレンジの液体が漏れ出た。  だが、それだけだった。僅かに後方へと浮いた巨体を、がっしりと壁に食い込ませた足先のかぎ爪が支えている。 「次! 急げ!」  首が下を向かないように大剣を差し込みなおして叫ぶ。内側を抉られた身を震わせ、巨体が勢いよく持ち上がった。四本の足で巨体を支え、自由になった二本の足が獲物を掻き抱くために振り上げられる。小さな鉤爪の群れが陽光の光を反射させた。その両腕が振り下ろされる前に、タクマが続いて相手の懐に飛び込む。大剣を前に押し出し、節足を根元から抑えるようにぶつかる。  タクマの突撃から狙いすましたように半歩遅れて、ライフルを抱えた残りの駆除隊が虫の腹を囲む。引き金を絞り、てらてらと光った腹を打ち崩していく。皆が引き金から手を放し、押し合いをしていたタクマが力を緩めたことで仕留めたことを確信した。  剣を自由にするため虫の顔に足をかけて得物を引き抜くと、巨大な虫は壁を転がり落ちる。
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