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「よし。次だ」
皆に声をかけたタイミングで、担当の通信士から情報が届く。
『警戒してください。現場の気温が三十度を超えました。先ほど気象庁からも、この地帯で真夏日を記録したと発表がありました』
通信の内容に思わず言葉が漏れる。
「相変わらず発表が遅え。事後とか意味ねえだろ……最悪だな」
「そんなにまずいの?」
オレンジの液体で全身を汚したままのタクマが首を傾げた。
「暑さに晒されるのは不利だろ。体力の消費が半端じゃない。冷夏で育ってきて、慣れていない俺らにはな」
「それは確かにまずいね。人手が足りなくなる」
「人手が足りないのはそれだけが理由じゃない」
俺の言葉に応えるように、突如として壁の下から重低音が響き渡る。百台近いヘリコプターが一斉に離陸の準備を始めたような、重く、速い、空気を叩く音。
『踏ん張れよ。日が傾くまで長いぞ』
すでに肉声すら通らない。隊内に周知するため、インカムを通して会話を続ける。
体の芯に響くような重い音が、じわじわと膨れ上がっていく。それが、最高潮を迎えたかと思った瞬間、眼下の森から巨大な黒い影が一斉に飛び上がった。
羽音が近くなる。甲虫の群れ。それも、サイズは人を優に超える大きさだ。それが帯を成して空を塗りつぶしている。
思わず頬が引きつった。
「心底思うな……。夏なんてなくなっちまえばいいのに」
黒い群れが動き出す。気色悪い腹を晒して虫共が、頭上を飛び越えて行く。
音こそ聞こえないが周囲で仲間が息を呑んでいるのが分かった。委縮していると言ってもいい。普段、のんびりと壁を登って来る相手とは数も勢いも違う。戸惑うのも無理はない。見る範囲に虫、虫、虫。それがこちらを飛び越えんと群れを成して向かってくる。経験のある者でも、吐き気を覚える光景だ。
ふっと息を吐いて、インカムに怒鳴った。
『各員、変わらず俺がヒーローだ。外に出たのは別動隊が駆除する。壁に取り着いた虫を叩き潰すぞ。続け!』
虫は壁を飛び越えるだけではない。蜜に吸い寄せられるように巨体が壁に取り着き、頂上に降り立っていく。その様は外で見る虫けらと同様だ。違うのは、外では奴らにとって人が災害であるのに対し、ここでは奴らが人にとっての災害であること。訪れた災害には立ち向かわなければならない。死は間近に迫っている。生を得るには勝ち取る他無い。
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