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「すべての試験場で考試が終わったようです。その報告によれば第四期の入学者は、2654名。内訳は湖南省から844名、広東省から263名、四川省から202名、次いで湖北省から155名で……」  先刻から蒋の隣に座った男が、流れるような口調で報告書の内容をまとめて述べている。それだけのことだというのに、ただ聞いているだけでなにか心地よい気持ちになってくる。だが黄埔軍校の校長である蒋介石(しょうかいせき)にはそれが逆に不快であった。  蒋介石は車窓から広東省の省都・広州の街並みを見るともなく見ている。広州市は国民党による革命政府(国民政府)の膝元であるだけに、街の至るところに革命スローガンの垂れ幕が下がり、毎日のようにどこかで労働者や学生、婦人団体の集会が持たれていた。 「それと、喜ばしい知らせです。ハルピン、遼寧、熱河、台湾から初の入学者を勝ち取りました。まだ少数ではありますが、これで孫中山先生が望まれた全国民的な……」 「周君」 「はい?」  蒋介石は思わず隣の男、元黄埔軍校政治部主任で共産党広東区軍事委員である周恩来(しゅうおんらい)の報告をさえぎった。彼はまだ二十八歳だが、どこか老成した雰囲気をまとった美しい顔立ちの男だ。  周恩来は、今は黄埔軍校の卒業生で構成される第一軍の政治部主任の仕事に重きを置いていて、学校には時々講演などに来るだけになっている。ちょうど明日がその講演予定日だったので、広州に来たついでに粤華路の共産党広東区委で彼を拾ってやった。 「あの……校長、どうかなされましたか?」  いつまでも先を続けない蒋に、遠慮がちに声をかけてくる。その少し困ったような表情も抑えた声音も、自分は一歩引き、相手を立たせているかのように見せるために申し分ないそれだ。 「2千6百余もの入学者! 前回の2倍以上だな、実にすばらしい、それもこれも君達共産党のおかげだ……。で、いったいその中の何人が、いや何百人が君の手駒なのかね?」
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