-其の零 十六夜月の出逢い―

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 だって、頭で考えるより先に心が傾き、躰を突き動かしたから。あそこで土方が手を差し伸べたことも、蒼が(おの)が手を重ねたことも、何ら〝不自然なこと〟ではなかった。  記憶を失くし、寄る辺さえない蒼は手を差し伸べた土方に、そのまま縋るしかなかったのだろう。 -壬生浪士組 屯所-  蒼を伴った土方が屯所に帰り着いた時。出て行った時同様、皆が寝入っているようで、誰かに見咎められることもなかった。  それはいいのだが、問題は蒼だ。ずぶ濡れのままでは風邪を引きかねないし、このまま部屋に上げるわけにも行かない。手早く風呂を沸かし、蒼を浴室に連れていった。 「そんなずぶ濡れのままじゃ、風邪引いちまうだろ。よく温まってから出てこい。………一人で入れるよな?」  蒼は、まだ一言も発しないままだったので、心配になった土方は問い掛けた。『一人で入れない』とか言われたら、どうする気なのか?  しかし、蒼は黙ったままではあったが『こくん』と頷いたので、土方は内心、胸を撫で下ろした。懸念は、どうやら杞憂で終わったらしい。  蒼を風呂に入れてやることについては、やぶさかではない………ないけれど………。
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