-其の零 十六夜月の出逢い―

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-文久三年 京 市中-  梅雨でもないのに、数日間飽きることなく降り続けていた〝銀の針〟の如き雨が、漸く上がったのは夜半を過ぎた頃だった。  十五夜に一夜多い『十六夜』は朧に姿を隠してしまってはいたが、男は寝入った家人を起こさぬよう、静かに夜の散歩へと洒落こんでいたのだ。  別段、何かしらの目的地があるわけでもなかった。ただ、雨の所為で憂鬱になっていた気分を払拭する為に、雨上がり特有の清しい空気を満喫したかっただけ………。  夜半も過ぎてしまっていたためか、昼間とは違って、静まり返った夜の市中の空気は『ぴん』と張り詰めていた。  その空気は、男にとっては心地よいものであったらしく、幾分憂鬱だった気分も薄らいだようである。    -男の名は『土方(ひじかた) 歳三(としぞう)』と言った-  老若男女問わず魅了出来る、男らしくも淡麗な容姿と、明晰な頭脳を併せ持っている、稀なる男だ。  しかし、その苛烈なまでの厳格さから、仲間内からでさえも『鬼』と揶揄されるような人物でもあった。   -何にも執着せず、誰にも本気にならぬ-
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