第1章

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 手を振って、去っていく。  それを無言無表情無動作で見送り、アレは人心地つく。  苦手だった。  理由なき、好意が。  恐れていた。  アレは、ひとを。  今でも。  それは無理もない事だった。  ずっとベッドの上で祖母とだけ会話を交わし、そこから窓を見て暮らしてきて――ひとの無関心も、悲哀も、そして狂気と暴力も、見てきた。  それ以外、見てきたことがない。  一度として子供は許されることも、パンを与えられることはなく――代わりに酷い罰を、その身に刻みこまれていた。  祖母も自分を、所有物のひとつのように見ていた。  だから苦手だった。  だけど生きるためモノのように振る舞い、それが正しいと信じていた。  なのに実際は、祖母は本当に優しかった。  自分の感覚は、何一つとして信じられるものではなかった。  そしてそれは同時に、世界というものがより遠くに過ぎ去ったように錯覚させた。  わからない、ということほど怖いものはなかった。  だから一定の距離が、必要だった。  なのにベトに対してだけは、安心できた。  好意のようなものが、見受けられないから。
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