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―運転、くっそムズい。
はぁー………。
肩をすぼませれば、重い息が情け無い音と共に抜けていく。教習所の待合室で、俺は半ば放心状態になっていた。
夏休みに地元に帰省して、地元の自動車学校で免許を取る。学生として至極平凡な動機でこの教習所に入所し、今日で十日が過ぎた。
俺が選んだのは普通MT(マニュアル)車のコース。実車教習は、今日で三日目になる。
―理屈は分かるのに、いざやるとどうしてこんなに難しいんだ、くそっ。
…そして今日、俺は早くも運転の難しさを実感しているのだった。
特に、発進。MT車運転で最初の難関と言われているが、この操作が異様に慣れなかった。
今日の運転も案の定。車が一度大きく揺れて、エンジンの音が消えて、あっ、と小さな声が思わず漏れる。
左隣からは教官の静かな怒りの眼差しが突き刺さる…。
車を降りて休憩している今でも、その光景は目を閉じればすぐに思い出されて…。
俺は眉根を寄せたまま目を開けて、下を見ながら心中で悪態をついた。
再び小さな溜め息を一つ。それは幾分か苛立ちも一緒に吹き飛ばしてくれたようで、俺の頭に冷静さが戻る。
―落ち着いてくると、教習所の待合室の様子が次第に解ってくる。
レトロな地方の教習所待合室は、時期もあって結構な人に埋まっていた。
八月中頃の午前中。昔のバスの停留所や駅に有りそうな、平べったい茶色の革張りソファーには、俺と年の近そうな人達が間を空けて座っていた。
時折聞こえる話の内容からも、間違いない。待っている人達の殆どは大学生で、皆俺と同じ様に夏に地元で免許を取る魂胆だ。
今更になって、地元出身の学生の多さに感心する。だが、このうち県内に残るのは何割なのだろう。
『俺また坂道発進ミスったわw』
『はい?wあんなの簡単だろw』
『ねぇ~私筆記受かれるか分かんないんだけど』
『えぇ?wじゃ、ここでテストしてあげるよw』
彼方此方で上がる笑い混じりの若い声の主は、どれも県外の大学生活の話をしていた。北の外れの小さな街に、俺を含めて若い世代が残るような魅力は無いらしい。
―一抹の感傷もそこそこに、暇な俺は携帯を取り出した。
生憎根っからの田舎者である俺は、未だにガラケーである。大したゲームも入っていない端末で出来ることと言えば、エブリスタにログインする事位だった。
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