毒入り飴

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 男が目を覚ましたのは、一面白い霧の中だった。地面に突っ伏すように寝ていた彼は、上体を起こしながら呟いた。 「……どこだここは…?」  視界と同じ様に霞がかった、朧気な記憶を呼び覚ます。しかし、ここに来た理由もここに来た手段も、ついに彼は思い出せなかった。  彼はよろけながら立ち上がると、霧の出口を探してゆっくりと歩き始めた。  足の裏の感覚を頼りに地面を感じ、白い世界の中を只ひたすら進む。しかし、霧が薄くなる気配は一向に無かった。  数十分ほど歩いただろうか、眼前に仄かな光が見えると、彼は思わずそちらに走り出していた。  小さく見えた暖かそうな橙色が、次第に大きくなって彼を包み込み、もう少しで霧を抜けると確信した、その瞬間。 「―っはぁ、はあ、はっっ!………え?」  ―霧は突然晴れた。  やっと抜け出せたはずの彼の顔には、再び困惑の色が見えた。  そこは八角形の小さな部屋だった。八角形の頂点にあたる柱にはランプが掛けられ、柱の根元を弱々しく照らしていた。  天井は中央が一番高くなっており、柱に接した梁が螺旋を描きながらそれを支えていた。中央には円卓が一脚あり、見事な装飾のランプが、その上で輝いていた。  そして彼が最も驚いたのは― 「………ぉおお?」 「けほっ。…んぐっ…」 ―円卓を囲む二人の人物が居た事だった。  一人は男で、長い背中を猫のように丸め、足で椅子を揺らしながらこちらを見ていた。汚れた身体にぼろぼろの服、まるで浮浪者のような格好だった。  もう一人は少女で、こちらも貧しそうな身なりをしていた。時折咳き込むのは、喘息だからだろうか。白い顔とやや虚ろな目が、ランプに照らされて少し恐ろしく見えた。
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