第1章

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 カクテルを出す度にリーは親が昔話を子供に聞かせるかのように、優しく、それでいて穏やかな笑みを見せながらカクテルの物語を語った。カクテルの名前、由来、バリエーション、飲み方。日ごろの疲れを癒すつもりで来ていたつもりが、彼に会いに来ることが目的になっていた。  リーの技術が上がると共に、店の客はだんだんと変わっていった。男性は九割から七割に変わり、女性が一割から三割に増えた。芋焼酎のキープは変わらずだったが、リキュールの数が増えていき店の中はカラフルな酒で埋まってバーとして本格的に活動していった。  結局彼のカクテルだけを飲みに行くようになり、キープしてある『霧島』は一向に減らなくなっていった。  そしてある日のこと。  葵は彼との時間を少しでも延ばそうとカウンターでちびちびと飲んでいると、彼が、オセロをしませんかと提案してきた。  この店にはマスターの趣味で、日本のメジャーな盤ゲームが多数あった。オセロ、将棋、囲碁……。葵は囲碁を得意としていたが、リーは打つことができないだろうと予測しそのまま頷いた。 「オセロなんて小さい頃にやっただけで全く相手になんかならないよ」 「そんなことないですよ、簡単です。四隅の端っこをとるようにすればいいんです。椿原さんが勝てば一杯奢りますよ」 「私が負けたら?」
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