第1章

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  限りなく純粋に近いグレイ      ☆.  静寂に佇む夜に、男は一人で晩酌していた。今宵(こよい)の相手はスコッチのモルトウイスキーだ。香りを楽しみ、ちびちびと舐め仕事の疲れを癒すのが最近の日課になっていた。  窓を片面だけ開けてみると、春から夏へと向かう薫風(くんぷう)が流れ込んできた。本土では味わうことがない湿った風だ。それを目一杯吸い込めば夏がもうそこまで来ているのだと肌で感じることができる。  もう片面を開けて空を見上げると月が光っていた。一点の曇りもない満月だ。日本には月見で一杯という諺(ことわざ)があるが、まさに今がその時だと男は笑った。次は芋焼酎『霧島』に流れようと思った。  突然、男の部屋の扉がキィと怪しげな音を立てて開いた。そのまま扉はゆっくりと大きく広がっていく。金具が緩んだのかなと思い、男はグラスをテーブルに置きそっと席を立った。  扉の前まで行くと異様な雰囲気が辺りに立ち込めているように感じた。寒気を感じとり男は後ろを振り返った。だが誰もいなかった。
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