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彼はこの息子殿を、慕っていたのかもしれない。
そう仮定付けた途端、この喧騒の中、青年を『見つけた』理由にも素直に納得がいった。
どちらにしろ、そのまま見ているだけなら大して支障はない。
「どうかしました?」
「いえ、何も」
スッキリとした心中で美麗な男に「悪いね」と舌を出して、青年――酉村結月(とりむらゆづき)は、到着したエレベーターへ男と共に乗り込んだ。
***
『ミュージシャン大歓迎』と朱太文字で広告するこのマンションは、その謳い文句通り、各部屋防音バッチリの実に『ありがたい』物件である。
居心地のよい静寂の中、レースカーテンでいくらばかりか緩和された朝の日差しを背に受けつつ、コーヒー片手に報告書を纏めた結月は宛先を念入りに確認し、「えいや」と送信ボタンをクリックした。
開封用のパスワードは事前に郵送済みである。このやり方は、『師匠』がこの職を担っていた時から変わっていない。
マウスから手を放し、両手で包んだマグカップから立ちこめるホクホクとした湯気を吹いて冷ましながら、座る椅子を手持ち無沙汰に回転させる。キリキリと鳴るパイプの軋む音を小鳥の囀り代わりにしていると、十数分後、開いたままのメールボックスが新しい受信を告げた。
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