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いずれも信憑性はなく、ニュースでもそれは取り上げられたことがないから、ただの噂なのかもしれないが。
しかし、またなんで隣町に?
この町に比べればマシだろうけど、隣町もそれなりに田舎だ。
僕は放送局の壁に貼り付けられたポスターを見た。分かっている近々隣町で一大イベントであるレースゲームがあることは、しかしその為にあの威厳あるエルピスがやって来るというのか。
「おい、トマス 何突っ立ってんだ。 デカブツのお前が立ち止まってたら邪魔だろ」
ニュースに食い入っていた僕の正面にわざわざ偉そうな男が罵倒しにやって来た。画面に向けていた視線を下げて彼を見る。
「今から帰るところだよ」
「また、いつもみたいな貧相な物ばかりだろ、そんなものしか買えないなんてまったく惨めなものだな」
僕が胸の上に抱えている食材のことを言っているんだとしたら、その高さから中が見えるのだろうか。
決して僕の身長が人並み外れて高いわけではない、並みだ。
彼の方が、その、些か地面に近いだけだ。
「とにかく、お前がどんなに惨めだろうが俺には関係のないことだが、俺の邪魔だけはするなよ」
彼、トグロは邪魔と言っていた僕の横をすり抜けて行った。一歩も動いていない僕の横をだ。最初からそうやって通りすぎていけばいいものを、わざわざご苦労なことだ。
僕はトグロとは逆方向へ再び歩き始める。
トグロは整備士をしている、この町では一番大きく彼の名が入った工場は誰もが知っている。
店で出会った男が探す腕の立つ整備士とやらなら間違いなく彼のことだろう。
嫌みなヤツだが腕は確かだ。
僕は小さな廃工場寸前の建物の前まで来て、シャッターを開けた。中には旧い型の自空車が一台、今は動かない状態で地面に停まっている。
そんな工場には不釣り合いに設置された冷蔵庫に先の食材を詰めていく。
ここは僕が住んでいる場所だ。昔はじいちゃんと一緒に暮らしていたが今は一人、その日その日を生きていくのが必死でこんなオンボロでもここに住み続けるしかない。
食材の中から缶ジュースだけ残して啜り、動かない自空車を見遣った。あと一息、請け負った仕事をやり終えなくては…
その時、開け放したシャッターの入口に人影が見え、僕は視線を向ける。
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