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彼の眼光は僕を鋭く見詰める。僕は怖じ気づいたように声を小さくする。
「でも、僕にはそんな、あなた方のような大それた事は…」
煮え切らない僕に呆れたようにタイロスはため息をつく。
「ならこうしよう、君はまだ自身の能力を信じきれてない、だから実力を試せばいいんだ。
隣町でレースがあるのは知ってるな、この車をそのレースで走らせるつもりだ。そのつもりで修理に持って来たわけだが、それでそのレースで優勝したら君は俺達と来る、優勝以外なら来なくていい、分かりやすいだろ」
分かりやすいが意味不明だ。
「意味が分からないよ。今から修理するんだよ、他の参加者はもっと事前に準備してるはずだし、僕はエルピスに入るのは乗り気じゃないんだ。
だから余計に修理しにくいし、わざと手を抜いて走らない車にするかも」
「好きにすればいいさ、わざと手を抜こうがぶっ壊そうが、そうなったら所詮君はその程度の人間だったということだ」
「壊すつもりは… 預かりものだし」
例え壊せと言われてもそれを実行できる自信もない、これ程美しい車をどうして破壊できようか。お金に余裕があるならばきっと譲って欲しいと言うだろう。
「預かってたのは俺の方さ、そいつは君の車だよ、君のおじいさんが設計、組み立てた車だが、彼がいなくなった今、その車は肉親である君のものだ。」
「じいちゃんの…」
僕の技術は全てじいちゃんから培ったものだ、どうすればもっとより良い車になるか、どうすれば最高の車になるか。
その価値観はじいちゃんから受け継いでいる。だから最初にこの車を見たときに魅了され、安心感さえも抱いたのか。じいちゃんが設計したこの車は僕が無意識に求める理想を具現化している。
「まぁ好きに弄ってくれ、どんなデキになろうが俺の知ったこっちゃない。君の車なんだからな」
タイロスは僕と車を残し整備工場から出て行った。
更に数日が経過しタイロスに連れられ僕は隣町のレース会場に来ていた。ここに来るのはまだじいちゃんがいた頃以来だ。あの頃よりも大会の規模は縮小し、参加する車もあまり最新のものではなさそうだ。
それでも毎年開かれる本大会は町一番の催しだ。
「おいトマス、何しに来やがったんだ。ここは関係者しか入れないぜ」
本番前の最終整備に裏方に入って早々、トグロが毒突いてきた。
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