報告二 童貞刑事と美貌の上司

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 定時を迎えると、桂奈は荒間署を後にした。そして同僚たちにはなにも告げず、北荒間に舞い戻った。  いつもの見回りのフリをして街中をしばらくぶらつき、まだ日も暮れていないというのに、すでに酔っぱらって足元がおぼつかない男を交番に連れて行ったり、禁止されている客引きに立つ、どこかのヘルス店のボーイを叱ったりしているうち、目的の男を見つけた。  北荒間の外れにある、ソープ店の近くにやって来た。北荒間では二軒しかないソープの一つで、老舗というべきか、ボロいというべきか悩む、古い店の脇の汚い路地に、井上はいた。  桂奈は、目を丸くした。  井上は一人ではなかったのだ。 (か、管理官?!)  北荒間でも特に汚いエリアの、薄暗い路地に井上といるのは、県警刑事部捜査一課管理官の穂積デレク香(ほづみでれくかおる)だった。 (なんで管理官がこんなとこにいんのよ?!)  咄嗟に、桂奈は近くのM性感のすすけた看板に身を隠した。  看板の陰から、数メートル離れた二人を窺う。井上と穂積は、なにやら揉めているようだった。  井上はなんだかんだ言いながら、晃司と仲が良い。仲が良い二人は、やはりどこか似ている。井上も、いつもスーツをどこか着崩しており、今日はネクタイがだらしなく緩んでいた。 顔は濃くて、ラテン系の二枚目と言えなくもないが、唇が厚いのが桂奈は苦手だった。  その井上と対峙する穂積は、怒っていても今日も麗しい。うっかり見惚れそうになる。  真っ白で磁器のように滑らかな肌。明るい茶色の髪。その髪と同じ色をした、大きな瞳。筋の通った形の良い鼻。薄く、艶やかな唇。  桂奈が思春期の頃に夢中になった、少女漫画から飛び出てきたような男(ひと)だ。 (あれで、性格が良かったらなぁ……)  桂奈は残念そうにため息を吐いた。  本部にいた時も、荒間署に異動になってからも、桂奈は穂積の横暴な振る舞いの被害者だったので、見た目以外に好感を持てなかった。  警官として、優秀な人だとわかっていても――。
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