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二人はまだ揉めている。どうも、井上が穂積に怒られているようだ。おそらくまた、井上がなにか無理をしたのだろう。
井上を叱責した穂積が、井上を路地に残して去ろうとする。井上は慌てた様子で、穂積の腕を掴んだ。
(……んんんん?!)
桂奈は、看板から身を乗り出した。切れ長の目を見開いて。
井上が、掴んだ穂積の腕を引っ張る。その勢いのまま、穂積をそばの壁に押さえつけた。
(か、壁ドン?!)
そこは大人一人がやっと通れる狭い路地だったから、偶然そうなってしまっただけだろう。
だがしかし、それはまさに『壁ドン』だったのだ!
桂奈の鼻息が――看板を倒しそうなほど荒くなる。
井上が押さえつた穂積に顔を近づけ、なにか訴えている。狭い路地のせいだとわかっているが――その距離は近すぎて、桂奈の鼓動が跳ね上がる。
井上は穂積より背が高い。至近距離で見下ろされた穂積は、不愉快そうに顔を歪めていた。
(イヤそうな顔も……いい!)
普段から恨みを抱く高慢な上司が、イケメン(まあまあだが)部下に押さえつけられる様子は、BL的にも単なる憂さ晴らしにも、美味しい。
だが、プライドの高い穂積が、大人しく押さえつけらているわけはなかった。自分より少し背の高い井上の胸ぐらに両手で掴みかかり、そのまま反対側の壁に押しつけた。
穂積は井上を冷たく睨んで、その美麗な顔をキッと上げて井上に近づけた。
(き、キス?!)
桂奈は前のめりになった。その拍子に、看板がガタッと揺れた。
当然――二人に見つかった。
「桂奈ちゃん?!」
井上が、なぜかM性感の看板に隠れる桂奈を、不審げに見つめる。
「……古谷巡査長、早かったですね……」
穂積は井上を突き放し、思いきり嫌そうな顔をして桂奈を冷たく見やった。
(そんな顔……しなくてもよくない?)
桂奈はやはり、穂積の顔以外は好きではなかった。
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