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鳴り響く、電話のベル。ピーッと鳴った後、吐き出されるファックス用紙。
八月はお盆の直前になっても、館内の空調は二十八度に設定されたままで、男性が多いこの職場では皆、団扇や扇子がかかせない。
しかし、女性で冷房が苦手な古谷桂奈(ふるやかな)は、むさくるしい職場で一人涼しい顔をして、また鳴った自席近くの電話を睨んだ。
辺りを見回すも、ちょうど出払って誰もいない。仕方なく、電話を取る。さっきから中々自分の仕事が進まず、桂奈は少し不機嫌だった。
昨日行った摘発の報告書を、早く上げろとせっつかれているのに――。
電話は同じ署内の総務課からで、簡単な事務連絡だった。
桂奈が所属するS県警生活安全課保安係係長――原への伝言を、手元の付箋紙に書き込み、電話相手の顔馴染みの女性職員に適当に挨拶して電話を切る。
付箋紙を原の机に持っていき、デスクトップパソコンの画面の端に貼る。はたと気づき、いったん剥がして原の机で一言書き足す。
『総務の伊藤さん、めちゃくちゃ怒ってましたよ』
こうでも書かないと、原がこのメモを見なかったことにするかもしれない。それで自分が伝え忘れたと総務課に怒られるのも嫌なので、桂奈はかなり誇張してそう書いた。
保安係は、刑事たちに問題があるだけでなく、使う側の係長の原も厄介な男なのだ。
桂奈は、小さく息を吐いて自席に戻った。椅子に座り直し、ノートパソコンに向き直ったタイミングで、生活安全課内が少し騒々しくなった。
桂奈と同じ保安係の堂本大輔(どうもとだいすけ)と、小野寺晃司(おのでらこうじ)がどこかから戻ってきた。
二人はなにやら揉めながら、生活安全課のフロアに入ってきた。晃司が大輔にまとわりつき、大輔がそれを面倒くさそうにいなしている、ように見える。
二人は揃って、壁際のファックス兼プリンター機の前に立った。
大輔はプリントされた何枚かを手に取り、目的のものを探しているようだ。晃司はその間ずっと、大輔にチョッカイを出し続け、度々大輔に叱られていた。
桂奈は無表情を装い、遠くの二人をジーッと見つめた。
一見、以前と変わらず親しげな先輩後輩、だ。
晃司が、大輔の尻を揉む。大輔が震え上がり、真っ赤な顔で晃司を怒鳴る。
桂奈の鼻がフンと鳴った。
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