報告二 童貞刑事と美貌の上司

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「あ、たぶん嫁さんだ」  井上が、ちょっとすいません、と穂積に断って、手に持ったジャケットのポケットからスマートフォンを引っ張り出した。  井上は桂奈にも目で断って、電話に出た。 「ママ? ごめん、夕飯いいや、もう少し遅くなりそうだから」  電話に出た途端、井上の声が良き夫、優しい父親、のものになる。  桂奈は胸の内で――盛大に舌打ちした。 (シネ! イケメンの既婚者、全員シネ! もしくは明日離婚しろ!)  警察官にあるまじき発言は、絶対に口にはできない。 「……ほんと、奥さん大好きなんだからなぁ」  穂積が、嬉しそうに妻と電話する井上を、温かく見つめていた。  桂奈は、落胆した。 (そこは……もっと嫉妬の目をしてよぉ!) 「ですね。それなのに、井上さんて会うといつも、合コンしろって言ってくるんですよ? なんなんですかね?」  あんまりガッカリしたので、穂積に愚痴を零してしまった。  穂積は、呆れた、と言いながら楽しそうに笑った。 「先輩もそうだけど……なんで、遊び人ぶりたいんだろうね? すごく子供っぽいと思わない? 二人とも」  穂積にそう訊かれて、桂奈は眉根を寄せた。 「迷惑ですよ、そういうの」  独身女子や腐警にとっては――と続く言葉は飲みこんだ。  電話を終えた井上が、同じポケットに携帯をしまいながら二人を振り返る。 「くそぉ、うち、今夜は生姜焼きでした! 嫁の生姜焼き、美味いんすよ」  井上の惚気に、穂積が呆れ顔をする。しかしその顔は、本気で妬んでいるわけではなく、どこか楽しそうだ。  桂奈は、妬みと僻みと、その他諸々の複雑な感情を隠すのに必死だというのに――。 「それなら、今日はもうお家に帰ったらどうですか?」  こんな短い言葉すら、感情を押し隠すのが難しかった。 「いやでもさ、さっさと愛人の女を見つけないと……桂奈ちゃんだけじゃなくて、他の奴らにも勘づかれそうだし」
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