137人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ
「あ、たぶん嫁さんだ」
井上が、ちょっとすいません、と穂積に断って、手に持ったジャケットのポケットからスマートフォンを引っ張り出した。
井上は桂奈にも目で断って、電話に出た。
「ママ? ごめん、夕飯いいや、もう少し遅くなりそうだから」
電話に出た途端、井上の声が良き夫、優しい父親、のものになる。
桂奈は胸の内で――盛大に舌打ちした。
(シネ! イケメンの既婚者、全員シネ! もしくは明日離婚しろ!)
警察官にあるまじき発言は、絶対に口にはできない。
「……ほんと、奥さん大好きなんだからなぁ」
穂積が、嬉しそうに妻と電話する井上を、温かく見つめていた。
桂奈は、落胆した。
(そこは……もっと嫉妬の目をしてよぉ!)
「ですね。それなのに、井上さんて会うといつも、合コンしろって言ってくるんですよ? なんなんですかね?」
あんまりガッカリしたので、穂積に愚痴を零してしまった。
穂積は、呆れた、と言いながら楽しそうに笑った。
「先輩もそうだけど……なんで、遊び人ぶりたいんだろうね? すごく子供っぽいと思わない? 二人とも」
穂積にそう訊かれて、桂奈は眉根を寄せた。
「迷惑ですよ、そういうの」
独身女子や腐警にとっては――と続く言葉は飲みこんだ。
電話を終えた井上が、同じポケットに携帯をしまいながら二人を振り返る。
「くそぉ、うち、今夜は生姜焼きでした! 嫁の生姜焼き、美味いんすよ」
井上の惚気に、穂積が呆れ顔をする。しかしその顔は、本気で妬んでいるわけではなく、どこか楽しそうだ。
桂奈は、妬みと僻みと、その他諸々の複雑な感情を隠すのに必死だというのに――。
「それなら、今日はもうお家に帰ったらどうですか?」
こんな短い言葉すら、感情を押し隠すのが難しかった。
「いやでもさ、さっさと愛人の女を見つけないと……桂奈ちゃんだけじゃなくて、他の奴らにも勘づかれそうだし」
最初のコメントを投稿しよう!