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大輔は、きれいな顔をした、いかにも今時風な爽やかイケメンだ。それが奇跡的に、二十五歳の現在まで童貞だという。にわかには信じられない話だが、あのウブな素振りは演技では決してない。
(……エッロい童貞もいたもんだわ)
桂奈は精一杯忙しそうにしながら、少しだけ鼻息を荒くした。
大輔は晃司のセクハラに耐えかね、とうとう晃司を突き飛ばした。晃司は笑いながら、ひでぇな、と抗議して、ノロノロと桂奈の隣の席に戻ってきた。
「……あんまりしつこいと、大輔くんにほんとに嫌われちゃいますよ」
小声で忠告すると、晃司は一瞬固まり、すぐになんでもない顔を作った。
「うっせ。あれは愛情表現なんだよ」
晃司は桂奈を見ず、手元の資料を広げながらそう答えた。
(強がっちゃって)
桂奈は知っている。今でも仲が良さそうな二人だが、一か月ほど前から二人が距離を置いていることを。
晃司と大輔は、付き合っている――いた。
しかし、大輔が憧れるS県警刑事部捜査一課管理官――穂積デレク香(ほづみでれくかおる)と、高校時代の先輩後輩の関係である晃司が、かつて一度だけ寝たことを大輔が知ってしまい、晃司と大輔の関係に亀裂が入った。
その夜から二人は、恋人同士ではなく、ただの仲の良い先輩後輩に戻ったようだった。
桂奈は二人のことを、大輔から聞いた。二人が普通でないことは、桂奈の希望的観測を含めて気づいてはいた。だから大輔は、桂奈にだけ全てを話してくれたのだ。
晃司は、桂奈が二人のことを知っていると気づいているが、自ら話してくることはない。晃司は簡単には胸の内を明かさない男だ。おちゃらけて、だらしなくて、いい加減な男のようだが、意外とナイーブで繊細なところがあるのだ。
だから大輔と気まずい関係になっても、なんでもないことのように振舞っている。
(小野寺さんも、強引そうで……押しが弱いよねぇ)
童貞の大輔が、晃司と穂積の過去に拘ってしまうのは仕方ない。だが一回きりの関係だ。晃司がもう少し強引に大輔を説得すれば、さっさと元に戻れるのではないか、と桂奈は思う。
(結構、カッコつけしぃなのよね、小野寺さん)
大好きな大輔の前でみっともない先輩になりたくないのだろうが、そんな見栄、さっさと捨てちまえ、とも桂奈は思う。
(イイ男なんて、放っておいたらすぐに他の誰かに取られちゃうのに……)
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