報告一 ワイルド刑事と童貞刑事

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 童貞だと知れ渡っている大輔だが、署内の女性陣にはファンが多い。現金なもので、大輔のような爽やかな美男子だと、童貞というマイナスイメージも、「可愛い!」だとか、「真面目なんだ! 素敵!」などと良いように変換され、モテ要素の一つになってしまう。  それは荒間署近くの歓楽街、北荒間でも同じで、数ある風俗店の風俗嬢たちが大輔の童貞を狙っている。  風俗嬢たちは口を揃えて、「大ちゃんなら、本番オッケーだよ!」と、警察官である桂奈たちには見過ごせない誘惑を、大輔に送っている。    大輔が、何枚かの書類を真剣に眺めながら、桂奈の前の自席に戻ってくる。    大輔が桂奈の視線に気づく。目が合ったのに逸らすのも変なので軽く微笑むと、大輔は気まずそうに小さく頭を下げた。晃司とじゃれているところを見られたと、気づいたのだろう。    桂奈は――も――大輔の童貞の行方に興味津々の一人だ。だがそれは、桂奈が大輔に好意を抱いているとか、桂奈が年下趣味で大輔の童貞をどうにかしたい、とか思ってのことではない。  桂奈の興味の持ち方は、署内の独身女性や、北荒間の風俗嬢たちとは大分異なる。  桂奈は、童貞萌え――なのだ。 (はぁ~、まさか現実で、二十五歳のイケメン童貞に出会えるなんてねぇ……)  某少年誌のBL同人誌で開眼してから、早幾年。  いつしか童貞をこよなく愛するようになった桂奈だが、現実の童貞は桂奈の理想とは程遠いものだった。十代や二十歳そこそこの学生なら普通のことだが、いい年した童貞など、大抵は「でしょうね」と言いたくなる、残念な男ばかりだ。   (それがまさか、こんなことに……)  前の席の大輔を、ノートパソコン越しに盗み見た後、隣の晃司を窺う。  晃司もノートパソコンを開き、報告書かなにかを書いている。その横顔は、今日もうっすらと無精ひげが見え、首元のネクタイはだらしなく緩められているが、男らしく精悍な顔立ちでもある。 (ワイルド不良刑事×爽やか童貞新米刑事)  大本命、とは言えないが、悪くはない。いや、むしろありがたい。二人のお陰で、少しだけ毎日の出勤が苦ではなくなった。  警察に入って十年近いが、今ほど男性の多い仕事に就いてよかったと思うことはない。  桂奈はニヤけた顔を隠すように俯き、キーボードを打つ手を止め、イケない妄想を始めた――。
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