報告三 ワイルド刑事と童貞刑事と美貌の上司

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「でも……DDくん、おっかなくもあるんだよな」  気づくと、桂奈は商店街を抜けて荒間駅前まで来ていた。  DD――という単語に反応し、妄想から現実に引き戻される。 (……あたし、ちょっとヤバくないか?)  妄想癖がひどくなっている。欲求不満だろうか、と当惑する桂奈に、井上は当然気づかない。 「堂本大輔。あいつ……ヤバくないか? 桂奈ちゃん、どう思う?」  ヤバい。井上の言う意味が、桂奈が思う意味とは違うとわかっているが、混乱する。  桂奈は素直に、意味がわからない、と井上に伝えた。  駅前のロータリーを、人の波をかきわけながら歩く井上が、桂奈を見て苦笑いを浮かべる。 「あいつ、なんか、闇があるよな?」  童貞と関係あるかわからないけど。と、そこまで言い当てた井上に、桂奈は驚嘆した。  帰り足の人たちに逆らって歩く二人は、上手く避けないと邪魔になる。しかし桂奈は、うっかり足を止めてしまった。  仕事帰りの若いサラリーマンが、桂奈にぶつかる。サラリーマンは歩きスマホだったので、自分が悪いと思ったのか、桂奈に小さく謝った。  桂奈は自分が悪いと知っていたので、彼より大きく謝った。 「桂奈ちゃん、なんか知ってんだ」  井上が桂奈の手を引き、人の少ない方に誘導する。二人は再び歩き出した。  桂奈は、大輔の過去をなんとなく知っている。大輔から詳細を聞いたわけではないが、彼と、彼の兄を襲った昔の悲劇については、以前関わった事件から聞き及んでいる。  しかしその悲劇は、他人が簡単に口にしていいものではない。  桂奈は、正直にそう井上に伝えることにした。 「闇、かはわかりません。ただ、大輔くんはちょっと……辛い過去があるみたいです。それを私から言うことはできません。人として」  真面目に伝えると、井上はしばらく考えて、そっか、と答えた。  それ以上、井上が大輔の過去について言及することはなかった。  基本、井上は優しい男なのだろう。
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