報告三 ワイルド刑事と童貞刑事と美貌の上司

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 二人が駅の改札に着く。数年前に駅が改修されて、改札も広くなったが、年々宅地化が進む荒間市の中心駅では、すでに手狭に感じた。  どんどん人が降りてくる。改札でモタモタしていると、大いに迷惑だろう。 「井上さん、電車、私と反対方向ですよね? じゃあここで」  そう言って、桂奈は肩にかけたショルダーバッグを開け、パスケースを探し出した。しかし、パスケースが見当たらない。いつもどこに入れたかわからなくなるのだ。  あれ? と言いながらバッグの内ポケットを探す桂奈に、井上が真面目な声をかける。 「なぁ、桂奈ちゃん」  珍しい声音に、パスケースを探すのを止めて顔を上げる。 「さっきの話だけど……俺、桂奈ちゃんもいいな、と思ってる」  井上は、一つ深呼吸した。 「桂奈ちゃん、本部に戻る気ない?」  真剣な眼差しだった。井上が、いつもの冗談を言っているのではないとわかった。  その真剣な目に、桂奈はしばらく考えた。  あ、と声を上げる。今朝は、パスケースは内ポケットではなく、外のポケットに入れたことを思い出した。  バッグの外のポケットに手を入れると、パスケースはすぐに見つかった。 「すいません、お待たせしました。電車来そうだから、入りましょう?」 「……桂奈ちゃん」  桂奈は答えず、先に改札に入った。井上もついてきた。  改札を入ったところで、再度井上に別れを告げる。 「じゃあ井上さん、なにかわかったら連絡しますね」  井上が、なにか言いたげに桂奈を見つめる。  桂奈は――井上には嘘を吐けないだろうと、悟った。 「井上さん、少し考えさせてください。私……諦めてはないです」  本部に返り咲くことを。  桂奈の乗る電車の到着時刻が迫っていた。桂奈は一礼して、ホームに走った。  階段を駆け上がると、ちょうど電車がホームに滑りこんできた。  ドアが開き、たくさんの人が降りてくる。その波が止むのを待って、桂奈も電車に乗り込む。  桂奈は、諦めていなかった。  電車が荒間駅を離れる。  北荒間で終わる気は、なかった――。
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