第1章

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「あの時は確かに資料を作ったのは佐藤くんだったけど他の皆も確認したはずだったのに、ミスに気づけなかったからね。正直に言えばあれは皆の責任と言ってもいい奴だった」  神谷さんが当時を思い出しているのか苦笑する。 「佐藤は今回のミスを反省しろ。反省は大事だ次に生きるからな。でも後悔はするな。後悔は引きずるだけで次に続かない」  渋谷先輩が僕に言ってくれた言葉だった。 「ちょっとあれには参ったよ。ああ、そんな事が言える人だったんだって思った」  僕にアドバイスしているのをたまたま神谷さんは聞いていたらしい。そこから渋谷さんを意識するようになったらしかった。 「でも絶対渋谷くんには言わないでね。調子に乗るから」  と笑いながら口に人差し指を当てる。僕は分かってますと小声で答えてうなずいた。 「で、なんだっけ。そうだ。出会いっていうのは自分から探しに行くべきなんじゃないのか? 待っていたって出会いなんてあるわけじゃないぞ?」  もっともらしいことを渋谷さんが言う。 「それはそうですけどね。そんな簡単には行けないですよ」 「でもな、佐藤。ただ茫然としていても曲がり角で女の子はぶつかってこないし、自分好みの女の子が転属してきて自分の隣のデスクに座ってフレンドリーに話しかけてくるなんてことはないんだよ。そんなご都合主義はこの世にはない」 「はっきりと言いますね」 「そうさ。運命の出会いなんてものは基本的には無いんだよ。好きな人と運命的な出会いをしたんじゃなくて偶然的な出会いをしたから好きになるんだよ」 「そんな身もふたもない」  ロマンも何もないじゃなか。 「ロマンがないよね」  神谷さんが賛同してくれる 「大事なのは、出会った時じゃなくて振り返った時だと思うんだよな。振り返ってみてあの時出会ったのがこの人で良かったって思うのがいいんじゃないのか? 人生なんて最後の死ぬ一瞬を振り返る為に生きているんだから」 「極論だ」 「極論だよ」  僕と神谷さんの声が重なる。あまりのタイミングの良さに渋谷さんがむっとする。嫉妬したのだろうか。 「だから、出会いが無いっていうのは甘えだよ佐藤」  随分遠回りをして最初の話題に戻ってきたなと思う。 「でもさ、渋谷くん。出会いが無いんですよって。彼女いないのっていう質問に対する無難にその場を逃げる定型文みたいなものだよ。本気で思っているわけじゃないよきっと」
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