第1章

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外がうるさかっただけだ。 私の書斎には、クーラーがない。扇風機ひとつで涼しさを賄っている。 故に窓は全開なのだが、だからこそ外で立ち話をしている人々の声がうるさかった。 原稿を執筆しているというのに、主婦の長い長い立ち話が筒抜けで、人の噂話ばかりをするものだから耳について仕方がない。 たまに通る自転車の音も、隣家から聞こえる皿の音や掃除機も、全てがうるさかった。 このうるささが消えるのなら、別荘を購入しても構わないとも思ったが、残念なことに私の小説はそこまで売れていない。一度読んだらあとは虫叩きにでもされるだろう。 何故売れないかって。うるさい人々のせいだ。窓を開けているせいだ。暑いせいだ。夏のせいだ。夏なんてなくなればいいのに! 「理由はそれだけ?」 パイプ椅子に腰かける私へ、警察に服する公務員のお巡りが、呆れたように聞いてくる。 「それだけの理由で、庭からホースを伸ばし、その人たちに水を噴射したと?」 「ええ」 何かいけないだろうか。うるさかったし、ついでに騒がしい奴らも水を浴びれば涼しいだろうし、打ち水の効果もあるし、万々歳ではないか。 「外の人たちだけならまあ、ダメですけどね。ダメですけど、分からなくもないよ。でもさあ、家の中まで水かけるかなぁ、普通」 皿洗いの音が、ガシャガシャとやかましかったのだ。ホースで水をかけてやれば、あっという間に終わるだろう。 とは思ったが、口にはしなかった。 何を言おうが器物の破損がないため警察は介入しないし、打ち水のついでにそこらの主婦を濡らしてしまっただけのようにかけてやったので、たかだか服が濡れた程度じゃ訴訟は起こせない。室内の台所を狙ったのもそのためだ。 そんなことも知らないで暴行罪暴行罪騒いで警察に通報した何処かの誰かのせいで、私は今交番に来ている。
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