第1章

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来ているのはいいのだが、今は夏休み真っ盛りのせいか、何故か交番までもが騒がしい。 「ねえお巡りさん、聞いてよ。今日駄菓子買いに行ったらさあ」 複数の少年たちが、交番でたむろしていた。このお巡りに向かって親しげに声をかけている。 「君たち、今は真剣な話をしているから、またあとで」 「俺たちだって真剣だよ!駄菓子買いに行っただけなのに、変なおばさんがさ、私の子ども以外可愛くねえんだよ!とか、叫んでたんだって!」 少年の訴えに、お巡りの目付きが変わる。 「それ、本当にあとで詳しく教えてね」 悪質ないたずらだなと漠として思ったが、それなら私はもっと悪質かと笑ってしまう。 すると、また1人、この狭苦しい交番に来客があった。 めんどくさいので振り向かなかったが、若い男の声で、「財布を拾ったのですが」と聞こえた。律儀な青年だ。 背後でお巡りと青年のやり取りに耳をそばだてながら、私は原稿のことを考える。 早く帰って仕上げたいが、一時の夏に対する憎しみという感情のせいで騒ぎを起こしたのは、紛れもなく自分だ。迷惑をかけておいて早く解放してくれ、などと、図々しいか。 「あなた、作家さんでしたよね」 別のお巡りが、私にそう聞いてくる。 はい、と答えると、ペンネームを聞かれたので、特に思い入れのない、というか息子の名前を少しいじっただけのペンネームを素直に答えた。 すると背後から、大袈裟なくらいの「えっ!?」という声が、私の耳を派手につんざいた。 さすがに振り返る。 学生服に身を包んでいる男子高校生だったが、どうやら彼が財布を拾ったらしい。右の目元に泣きボクロがふたつ横に並んでいる、随分と二枚目な優男だ。 その青年は目を丸くして、私のことをじっと見つめている。 男ばかりの交番でただでさえ蒸し暑いのに、少年たちの騒ぐ声がそれをもっと嵩ましさせている。 「僕、あなたの作品、凄く好きなんです!」 青年は目を細め、暑さを感じさせない爽やかな笑みを浮かべた。 今が夏でなかったら、私はこの嬉しい言葉を聞けずにいたかもしれない。 感謝しよう、忌まわしき夏よ。
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