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ただムカついただけだ。
俺と桜井は最早、付き合っているも同然だった。勘違いではない。
「それでさ、お兄ちゃん、彼女に何て言ったと思う?」
炎天下の中、俺と桜井は肩を並べてバスを待っていた。隣の桜井とはまだ付き合っていなかったが、両想いなのは周知の事実だ。
「お前より良い女を見つけたんだ!だよ、ねえ、酷くない?」
「そりゃ酷いな、安直過ぎる。俺だったら、好きになった女のことしか、女として見られなくなるけどな」
決まったか?と恐る恐る桜井の可愛い顔を覗き込むと、暑さのせいか否か、頬を赤く染めながら、上目遣いで俺を見上げていた。
いい、んだよな。
唾を飲み込んで、桜井の綺麗な瞳をまじまじと見つめる。桜井はそこで、目を閉じた。
受け入れてくれたら、俺たちはもう恋人同士だ。内心でガッツポーズを決め、彼女のぷるぷるした唇を奪おうと顔を近付ける。
うっ、と聞こえたのは、その時だ。
誰の声かと思ったがバス停には俺と桜井しかいなくて、俺が言ってないということは、今のは桜井の声ということだ。
桜井は突然立ち上がると口元を抑え、ごめん、とだけ言い、走り去って行く。
何だ、これ。
そう思ったのも束の間で、遠くの桜井から「汗くせぇ」と聞こえてきたのは、紛れもない事実だった。
夏なんてなくなればいいのに。
そして本日炎天下、高校で会った桜井はというと、「遊佐くんって良い香りするよね、星3つだよ」などと言いながら、学校一のイケメンである遊佐を眺めていた。
その遊佐が今、俺の隣にいる。
「夏木くん、あのね、今日嬉しいことがあったんだよ」
下校中、帰宅にバスを使わない俺が歩いていると、遊佐がそう突然に声をかけてきたのだ。何たって遊佐は、数少ない俺の友人なのだ。
「今朝、いつもみたいに、超プレミアムアイスバーを買いに行ったんだよ」
また、それか。確か母さんもそんなことを騒いでたな。
「そしたらなんと、買えたんだよね。1個。いつもは売り切れてるのに、凄いよ」
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