第1章

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 悲しくて、悲しくて、激しい後悔に心が軋む音を聴いても私の目は乾いてしまうばかりで一向に涙を出してはくれない。 私は激しく降る雨の音を聴きながらその現実に悲しい気分にさせられるが、勿論涙は出ない。 泣いてしまえばいっそ楽な気持ちになれるはずなのに、私の生体機能は長年のくだらない習慣によって変質してさびついてしまっていて、本来の役割を果たすためのスイッチの所在が分からなくなっている。  雨の音を聴いて小学生の帰り道を思い出す。 嫌な学友たちにいじめられて泣きかえった帰り道。 あの頃は私も泣くことが出来た。 思い出にするには負の感情を多く含んだ涙だったけれど、それでも感情の発露としてキチンと泣くことが出来た。 しかし、そこ頃の私はそんな風にして出てくる涙が憎くて、涙を流す行為を嫌悪していた。  そのせいかもしれない、いつしか私は泣けなくなっていた。 涙を流すためのスイッチの所在が分からなくなっていた。 それが何故なのか、いつからなのか、何処に行ってしまったのか、私には分からない。 日々積もっていく時間積算の中で私の涙は忘れ去られて、失われてしまったのだ。 失われてしまったものを今になって「欲しい」と思うことは自分勝手なことで、度し難い愚かなことであるように思えて、余計悲しい気分になる。  目元に涙の滞留を感じる。 後は何か、小さな何かがあれば私は泣くことが出来るだろう。 でも、その何かが分からない。 そして、時間とともに滞留していた涙は身体に還元されて再び失われる。 私にとっての悲しみはそんな行為の繰り返しだ。 苦しくて、発散されることがない。 私は悲しみが詰まった袋みたいになっている。  雨の音が一層激しくなった。 私は乾いた目元を指でなぞった。
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