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震える手で押した部屋番号は確かに音を立てて住人を呼んだ。
あの後、怜に無理にでも家に帰るように言い含められ、怜自身も用事があると言って帰ってしまった。
致し方なく重い足取りで宮瀬のマンションに戻ってきたが、貰ったカードキーを部屋に忘れてしまった為自力で入る事が出来ない。
そして、呼び鈴に反応した宮瀬がマイク越しに声を発する。
一瞬だけ高鳴った心臓はそのまま鼓動をし続け、喉元は震えたまま声を絞り出した。
「・・透さん」
「おかえり、今開ける」
何てことなく開いたドアに、もう一度マイクを見るがもう声は聞こえなくなっていた。
閉まってしまう前に踏み入れた足はやはりまだ重い。
どうしてだろう、こうゆう時に限ってマンションまでの距離は近く感じ、エレベーターも丁度1階で止まっている。
足取りは重い筈なのに、目的地まではあっという間に着いてしまう。
「・・・」
目の前にそびえ立った大きな玄関の扉を見上げる様に見つめた。
こんなに大きかったっけと悠長なことを考えながらも、真横にある呼び鈴を押す指が中々動かない。
痺れを切らした宮瀬がそろそろ扉を開けてしまうのではないかと思うと、逃げ出したくもなった。
でも、
「おかえり」
「・・た、ただいま」
マイク越しじゃなくて、この耳に直接欲しかった“おかえり”を求めて、強めに押した呼び鈴。
すぐに開いた玄関の鍵はガチャと言う音と共にその扉が少しだけ浮くように開かれた。
引いたのは私自身で、宮瀬がその扉に掛けた力は最初だけ。
「気分は晴れた?」
「少し・・」
「そっか、早くこっちおいで」
もう玄関の扉は閉まっている。
宮瀬のテリトリーに踏み込んだこの足はまだ靴を履いたままだが、徐に掴まれた掌がクイッと引かれれば簡単に脱げてしまう靴を放り出してその胸に飛び込んだ。
「と、透さんッ」
「ごめんな、凜がそんなに怒るなんて思ってなかった」
「私も・・ごめんなさ・・」
「思ったより早く帰ってきてくれて安心した」
ギュッと背骨が軋むほどの力が体全体を包む。
圧迫感に支配された肺が、その圧力さえも嬉しいと言う様に呼吸を促した。
浅くなる呼吸は私が苦しいと言うまで続き、その後に小奇麗な顔がゆっくりと近づく。
いつもとは違う触れるだけのキスでお互い吹き出す様に笑った。
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