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皿をタオルで包みリュックに入れながら、杉元はこの一ヶ月で過ごしてきた新しい生活スタイルのことを思い出していた。
早くに母親と祖母を失ったこともあり、松樹が家にやってくるまでは、華やかさと無縁の暮らしを送っていた。
仕事柄、父親も親友の三國も同じ時間に業務が終わることなどないため、家で食事をとることはほとんどなかった。あったとしても休日だけであり、平日は道場での稽古やプログラミングの勉強をすることもあって、出来合いのものを食べることが日常だった。
しかし、松樹が来てからは一変したのだ。家の中が飾られ、フードジャーナリストとして様々な料理を作ることもあり、父親と三人で時間を示し合わせて夕食をとることも増えてきた。料理のレシピ本や雑誌が増え、警察や事件以外の話題は、笑顔をもたらしてくれる。
「今回は僕にも分かりましたよ。杜氏の方ですね」
松樹がおっと声をあげる。
「分かったんだ。んで、理由は?」
「納豆です。松樹さんが買ってきた雑誌に載っていたのを思い出したのですよ。麹菌より強い納豆菌が酒蔵の中で繁殖して汚染されるのを防ぐためなのですよね。だから杜氏は納豆を食べない。つまり、あのご老人は杜氏ではなかった」
今回は自信がある。どうだろうかと彼女を見やると、テーブルを拭き終えた松樹がにこっと笑った。
「いちご大福のページしか見てなかったと思ったら、きちんと読んでたのね。でもね、ブー。ハズレ」
「あれ?」
「確かにあの人は納豆を食べてるって言ってたけど、それは仕事の片付けが終わった後って言ってたわよね? 秋から始まった酒造りが終わって出荷されるまでが工程だから、その終わった後に食べたって意味。半年後の納豆を楽しみにしてる杜氏さんはけっこういるのよ」
だとしたら辻褄が合う。久しぶりに味わえる納豆がまずかったのなら、愚痴の一つも出てしまうだろう。だとしても、吐き出す愚痴の場所はわきまえるべきだし、作り手をけなすのも良くないが。
「だとしたら、タレントの方ですか? ラジオで食レポをしたのがおかしいのでしょうか? ……ああ、しいたけの学名が『江戸です』という豆知識が間違いだとか?」
部屋の中に落ちていたゴミを拾いながら、松樹が首を横に振る。
「そういう説もあるから、間違いとも言い切れないわよね? それに、ラジオでも食レポをする番組はよくあるし。私もその手伝いしたことあるから」
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