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「…俺の愛、伝わりました?」
細い腕で薄っぺらい男の胸に抱き寄せられて、これじゃ子供を宥めてるみたいだと思った。それでもねっとりと纏う疲れに全てがどうでも良くなってそのまま目を閉じる。
「あんなの演技だろ。お前なんか、嫌いだよ」
ふふっと笑ったから男の胸が揺れて、押し付けられた額に伝わった。それ以上何もする気もなく男は眠っているようだった。馴れ合うほど知った仲でもないのに寝ぼけているのだろうと思って、肌を触れ合わせたままでいた。もう一度ふっと眠気に襲われた時、男の小さな声を聞いた。
「次に行く理由なんて、なんでもいいじゃないですか」
肩を抱かれ足を絡め合って、男の寝息を聞きながら深く眠りに落ちた。
チェックアウト前に目を覚まし、別々にシャワーを浴びて備え付けのコーヒーを言葉少なに飲んだ。男はいつも通り礼儀正しく断ってからタバコに火をつける。礼儀正しいウリ専の男は事の後に客の前でタバコなど吸わないのだろうけれど。タバコの匂いは単純にその匂いを漂わせるだけで、もう胸は痛まなかった。
オプション代はいらないと言った男に、チップとして紙幣を一枚渡すとお金で買った時間は終わったのだと実感した。
* * *
三森の送別会の幹事をやらされるとか、最後まで皮肉だと感じながら、辛いと思うことは何もない。
「栄転おめでとう。向こう行っても元気でな」
次々に人に囲まれ愛想を振りまく男を見て、三森という人間をもう理想化はしていないけれど、それでも眩しいと思った。
気持ちが重ならないまま一緒にい続けた八年間を虚しく感じたが、やっぱり三森に対して怒りの感情を持つことはできなかった。
むしろ、たったあれだけのことで死にたくなるほど突き落とされる自分は、今まで幸せだったのだという結論に落ち着いた。騙されることとも憎まれることとも縁遠い、三森に嫉妬されるにふさわしい、お気楽で幸せな人間だったのだと。
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