偽りと嘘と演技の愛し方

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初めて抱かれるという経験をした後、『また馬鹿だって言うんだろ』と、軽い気持ちでそんなことを男に話したら、返された言葉を思い出す。 『たった一人に全部持っていかれるような恋って素敵だけど、それじゃだめです。ひとりに否定されただけで死にたくなっちゃう。自分を誰かに委ねたり、痛みに鈍感になっちゃだめなんですよ、あなたみたいな人。あ、俺が言うことなんて大抵適当ですから。一時肌を合わせるだけの関係だし』 俺は自分から三森に落ちていった。ちゃんと見ればどこかにほころびがあったかもしれないのに、都合のいい部分ばかりを見て自分の気持ちに溺れ、盲目的に恋をした代償は大きかった。全部がマイナスにひっくり返って、なにひとつ残らなかった。 ただ、もう全部が終わったことで、これ以上終わったことに執着しても何もないのだと思い知った。それだけのために、男を買った。去年の誕生日の切実さを思い出すと情けないと思うと同時に、他に選択肢などなかったと思う。あの時は『どうしてもそうしなくてはいけない』と思ったのだから。 三森が言う通り、嫌いという感情だけではなかったはずだ。屈折した愛憎と執着のようなもの。成人して大きくなった体にスーツを合わせても、ふたりは子供のように接し合っていた。 離れた場所で三森の姿を眺めながら思い、少し口元が緩む。 幹事として一杯くらいは注いでやろうと近寄った。ビール瓶を傾けながら最後になるだろうひと言をかけると、グラスが揺れて溢れた液体が三森の品のいいスーツを濡らした。色が変わった部分におしぼりを当ててやる。 『やっぱりお前、俺のこと好きだっただろ。俺も好きだったよ』 多分俺は、どこまでも馬鹿だ。三森が驚いた顔で俺を見ているのには気づいていたけれど、目は合わせなかった。取り乱したりなどしていない自分の顔が三森の記憶にだけ残ればいいと思った。  * * *
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