偽りと嘘と演技の愛し方

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久しぶりにひとりで過ごす誕生日に一杯だけ外で飲みたくなって、ずっと昔行ったことのあるバーの扉を押した。同じ恋愛嗜好の男が集まる店の看板は前に来た時とは違っていても、雰囲気は変わっていない。 カウンターの中に記憶にある顔を見つけ、刹那大きく胸が鳴る。 「……あ、あの時の…本当に辞めたんだ」 カウンターに腰掛けそう言った後、数回寝た客のことなど覚えていないだろうと後悔した。涼しげな顔をした男は正確に俺を見て微笑んだ。まだ九時前と時間は早く、他に客は誰もいない。 「すぐ辞めましたよ、あの日の後、本当にすぐに。でもその前からもずっとここで働いてたんですけど」 「ノンケの新人だって、酒飲めないって言ってたのも、全部嘘だ」 「よく覚えてますね。もちろん全部嘘です。知ってたでしょう、そういう世界だって。俺は根っからのゲイですよ」 「君、あの仕事、向いてそうだったのに」 今更ながら、目の前の男を買った時のことを思い出し、いろんなことが可笑しく思えてくる。抱きしめられて涙を流したことも。 「えぇ、向いてましたね。三年くらい荒稼ぎしたからもういいんです。長くやる仕事でもないんで」 「役者とかも向いてるんじゃない?」  笑ってそう言った。 濃いめのジントニックを注文したら、流れるような手慣れた仕草でボトルを手にした。メジャーカップやバースプーンを持つ、器用に動く長い指を見つめる。 「誕生日、おめでとうございます。これは、俺から」 スマートに目の前に置かれたジントニックは、透明度の高い泡を浮かべている。まっすぐ視線を当てられて言われ、相変わらず濁りのない明るい瞳の色に、正直どきりとした。耳にかけた髪がさらりと落ちて流れるのまで意味があるように見えた。 「君もよく覚えてるんだな。ありがとう」 すぐさま軽く受け流せるほどには時は経っていた。
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