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「それじゃ、あなたにも奪えないって事ですね」
「私に対して安心な場所などないよ」
「じゃあ、指輪が今、どこにあるのか解ってるんですか」
「ああ。解っているよ。全く、どこまでも馬鹿にしているな。指輪の話題で客を呼ぶつもりにも関わらず、その客に偽物を見せるなんて、つくづく可哀想な指輪だ」
可哀想なのは偽物を見せられる客じゃなくて、馬鹿にされている出番のない指輪の方なのか。忌々しそうに話すのは指輪が手に入らないからではなく、指輪の扱われ方に腹を立てているのだ。
ファントム……、思考といい、どことなく浮世離れした口調といい、変わった男。
「どーせ、客席からは本物か偽物か解らないんだからいいじゃないですか」
「君には本物を観せたいね。指輪も舞台も」
「どういう意味ですか?」
「どういう意味だろうね。小林君はあの役者をとても気に入ったようだね。彼を見る君は、恋をしている少女そのものに見えたよ」
「役者って、オペラ座の怪人役の事ですか? 気に入ったから何だって言うんです」
ファントムは今日1日、本当に僕を見ていたのだろうか。気持ちが悪い。
「私は彼が3回も音を外したので不愉快だったがね。それに声の伸びもいまいちだ」
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