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今更言っても詮無いことだと口を噤んだが、実際に梶さんを煽ったのは僕ではなく陽介さんの方だ。
『しまった、俺、昨日から一緒に居るのに何も用意してないままだ!』
あの発言が、ばっちり梶さんの耳に届いていて無駄に闘争心を煽っているのだ。
しかも、更に人懐こい顔でこちらに手を振ったりするものだから。
『彼は昨日店に泊まったのかな?』
『うちは宿泊は受け付けていませんよ、昨夜は朝方まで大勢いらしたので。店じまいして一度帰られたんですが、今夜もまた来てくださったみたいですね』
嘘は言ってない。
面倒なのでそのままさらりと流してしまおうと思ったが。
『ふうん? ずっと一緒に居たみたいなニュアンスに聞こえてしまってね』
……ニュアンスも何も、ストレートにそのままだったが。
馬鹿陽介。
『そうでしたか? 少しご挨拶してきますね』
あからさまに疑念の目を向けてくる変態オヤジに、面倒くさくなってその場を離れようとした。
それが梶さんにも伝わるように。
余り面倒くさいことを言うと、お相手しませんよ。
と、いう意思表示。
いつもなら、適度な引き際をわきまえている人だった。
だけどその時は、いきなり腕を掴まれ引き留められた。
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