476人が本棚に入れています
本棚に追加
なんだか、こんなことになってすみません。
あの子を送ったって、絶対になんもないです。
そもそもが不本意だらけです。
「……えー……っと」
何を言っても言い訳染みて格好悪い。
じっとこちらを見る、猫みたいな目がほんの少し弧を描いて笑みを作り、カウンター越しに手が伸びてきた。
少し前屈みになり、彼女の目が俺の胸元に落ちる。
白い手がネクタイの結び目の少し下に触れて、ほんの一瞬だけきゅっと引っ張られた感覚があった。
歪んだネクタイを、整えてくれたのだ。
「慎さ……」
「もう遅いですから、きちんと家までお送りしないとダメですよ」
ぽん、とネクタイの上から胸を叩かれて、送り出されるような空気が寂しくて、その寂しさにようやく言葉が押し出された。
「送ったらすぐ、戻ってきますから! 待っててください」
最初のコメントを投稿しよう!