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突然、強く肩を掴まれて驚いて左手を振り上げた。
包丁を持っていない方で良かったと思う。
「慎? 大丈夫か」
「……ああ、ごめん。大丈夫」
「何度声掛けても反応ねえから」
「ごめん、ぼーっとしてた」
もう何年も前のことなのに、思い出すとやはり僕は、平静ではいられないらしい。
知らず知らず呼吸が乱れて、指先が酷く、冷たくなっていた。
「休むか、今日」
「大丈夫だって。それより明日、金曜の夜、店閉めてから付き合って欲しいんだけど」
「陽介か? 近くに居てやってもいいけど話は二人で……」
「酒作ってよ、賭けをするから」
突然、そんなことを言いだした僕に、佑さんは怪訝に眉を寄せた。
「賭けで負けたら従うしかないだろ。……呆れるくらい馬鹿正直な人だし」
それで、意味は伝わったらしい。
佑さんは、なんでか知らないけど陽介さんの肩を持つことが多い。
怖い顔で、睨まれた。
「何を賭ける気だよ」
「……言わない」
まだはっきりと、耳に残る。
コンクリートの硬い床で、後頭部の髪が擦れる
ザリザリという音から逃げられる気がしない。
だから、僕が勝つとわかってる、姑息な勝負をすることしか僕には思いつかなかった。
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