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……篤の、声だ。
その存在が、目の前にいるというだけで、息苦しいくらいの重圧を正面から感じた。
血の気が、下がっていくのがわかる。
互いの靴と、フロアの濃赤色の絨毯が見えているはずなのに、黒いフィルターがかかったみたいによく見えない。
……やばい。
早く、陽介さんを見つけないと。
背中を向けて、ふさがれている道の反対側から逃げればいいのに、踵を返すことすらなぜかできない、足が動かない。
「……今日は、来てくれてありがとな」
気まずそうに発せられるその声と言葉で、今はあの時とは違うのだと頭では理解する。
なのに、身体の感覚があの日と今日とを行き来して、どっと冷や汗が噴出した。
何か返事を、と思っても唇が思うように動かず、声も喉に張り付いたままだ。
『おめでとう』と、ありきたりの祝辞だけ述べて、立ち去ればいいだけなのに。
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