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歩き出すと、比奈の悲鳴が聞こえていた。そのまま歩き去ろうとしたが、やはり悲鳴が気になる。前への一歩が出せずに、俺は、再び庭に戻ってしまった。
「……比奈ちゃんは、救急箱を落としただけだよ」
春道が、サンダルで俺に歩み寄ってきた。
「俺の一目惚れです。お願いします。恋人……は無理でも、友達にはなってください」
俺は首を振る。
「どうして?俺、身元は確かだし、金も稼ぐし……少しは有名でしょ?」
春道と、誰もが友達になりたいと思うだろう。問題は、俺の方にある。
「問題は俺です。遊部 弥吉は本名なので、調べれば分かる事ですから、本当の事を言わせてください」
俺は、この島で嘘しか言えない。でも、春道の真剣さに、少しは答えたい。
「俺は公務員で、この島の調査に来ています。生葬社という部署で、主に、普通の警察が調査できない、解決できない事象を担当します。幽霊の類と思ってください。俺は今、身分を隠しています。だから、ここで普通の生活は望みません」
春道が、やや考え込んでいた。
「……そうか、遊部君。生葬社なのか」
生葬社が有名だとは、思った事もない。
「それと、問題ありません」
春道が、俺を抱き込んでいた。そのまま、浜辺に連れ込まれると、押し倒されてしまった。
「……俺は、儀場さんが店長の時に生葬社でバイトしていたの。で、サッカー選手を引退したら生葬社に戻る約束をしている。百舌鳥さんも知っている、民宿でも会った」
百舌鳥は、春道をよく知っていて、この島の調査も依頼していた。
「儀場さんの件もあって、比奈ちゃんは警戒していてね。俺は、儀場さんとは寝ていないよと言っても信じない」
話をするのに、腕に抱き込むのは止めて欲しい。必死に腕から抜け出ると、笑顔の春道がいた。
「生葬社なら、又、会えると思うと嬉しい」
生葬社で、綾瀬の件や、丼池の家に住んでいる事を知られるのは怖い気がする。
俺は諦めて浜辺に座ってしまった。
「……俺には死んだ親友がいます。それが、ご神木を盗み実体化しました。そこで、別れよう終わらせようとしたのですが、ずるずると今も助けられています」
春道は笑っていた。
「そういう社員がいるとは聞いているよ。儀場さんとは、今も連絡を取り合っているからさ」
他に春道は、生葬社が爆破された事も知っていた。
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