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丸椅子に座って麦茶を飲んでいると、岩城が遠慮もなく俺を見ていた。
「あ、すいません。俺は生葬社の、遊部 弥吉です」
「日本人なのか?」
それは、よく聞かれるので慣れている。俺は姿で判断すると、何人なのかが全く不明であるが、日本人には見えない。
「日本人です。東北の米農家の出身です」
俺の髪の色は薄く、目は濃い青であった。
「そうか」
岩城は、それ以上は追及しなかった。・
事故では警察は介入できないが、この小さな島で連続するのは不自然であった。
最初の被害者が、岩城の娘であった。岩城の妻と子は、事故後、この島を出た。岩城は、この土が自分の作風に合うとこの島に移住したので、この土地の元からの住民ではなかった。
「多分、この島ではアパートは借りられない。この工房の風呂とトイレ、キッチンは使用してもいい。表の小屋に住んでいい」
表の小屋、俺は立ち上がって窓の外を見た。先ほどノックした小屋を指すと、岩城が頷いていた。
かなりのボロ小屋で、半分朽ちているようにも見える。広さはそれなりにあるが、そのままで住めるのだろうか。
「建築材はありますか?」
「ある。補修に使ってもいい……」
岩城の説明によると、ここに越してきた時は夢と希望に燃えていて、あの小屋に自分の作品を並べて販売する予定だったという。
今の岩城は、死んだような虚ろな目で、小屋を見ていた。
岩城には、娘が三人いた。その長女の岩城 安理子(いわき ありす)は、当時小学四年生であった。
安理子は、友達と海底の町を見に行くと言て家を出た。母親が、それはどこにあるのと聞くと、秘密の場所なのと笑っていた。そして、安理子は夜になっても帰って来なかった。
岩城家族は、夜になっても帰って来ない安理子を心配し必死に探した。学校に電話をかけ、クラス全員に電話をかけ、学校の全員に聞いても、誰も安理子と一緒だった者はいなかった。
そして翌々日の昼、安理子は海岸に打ち上げられて死んでいた。死因は溺死であった。
安理子の、全身に打撲、顔が腫れ上がり、目の下に痣の付いた姿に、母親は泣き崩れた。島には崖も多くあり、そこから落ちたのだよと地元民は言った。よそ者だから、崖も知らないのだねで済ませてしまう地元民が許せずに、母と姉妹はこの島を去った。
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