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俺が、民宿の写真を取ろうとすると、右手に撒いたタオルが邪魔であった。タオルを外すと、また、血が落ちていた。
「写真、恨みの証拠写真なのか?」
「恨みはないけど、ひどい民宿だなと思ってね……転んだのは自分の落ち度だしね」
若い男が、一緒に民宿を見上げていた。この男、どこかで見覚えがあった。何かのスポーツ選手だったような気がする。
「包帯、撒いてやるよ。近くに家を借りているから、来いよ」
男は春道 隆哉(はるみち たかや)と名乗った。サッカー選手で、恋人とバカンス兼自主トレーニング中なのだそうだ。
始め、高級民宿に宿泊していたが、飽きて、一軒家をコテージのように使用していた。その家も、網元の持ち物であって、正面の浜を自由に使っていいと契約していた。
「おいで」
浜から家に入ると、モデルのような女性が俺を見ていた。女性は、サングラスをかけ、庭のイスで飲み物を持っている。春道は、女性を見ようともしていない。
「隆哉、お客様?」
中から出てきたのは、エプロンをかけた可愛い女性であった。
「比奈(ひな)ちゃん、応急処置をお願い」
「分かった。救急箱を持ってくる」
比奈は小さい背で、走るように家の中を移動していた。比奈がいるだけで、家の中が明るくなった気がする。
「比奈は、看護師だから」
ここに既に女性が二人いるが、どちらが彼女なのであろうか。
俺が、比奈と庭の女性を見比べていたので、春道が頷いていた。
「比奈は俺の姉。春道 比奈子。あっちは、比奈の恋人ね。名前は伏せておく」
比奈の恋人?よく見ると、女性ではなかった。女性のような、透けたブルーの服を着て髪が長かったので誤ってしまったが、男性であった。
「はい、消毒します!」
「いたたたたた」
派手に消毒すると、やっと傷口が見えてきた。傷口から、比奈がピンセットで、砂を取ってくれた。
「ええと、お名前を聞いてもいいかな?」
比奈は姉らしく、俺が春道の何なのかが知りたいらしい。
「遊部 弥吉です。道路で転んでいたところを、春道さんに助けられました」
比奈がニコニコとしていた。
「隆哉ね、遊部君のような子が好みなの。だから、治療したら、早く逃げてね」
俺が春道を目で探すと、庭でサッカボールをリフティングしていた。かなり上手で、ボールが地面に落ちるということはない。
「でも、ここに彼女と来ているのでしょう?」
「まあね……」
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