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誰にも見られているはずないのに、寛之さんから離れてコンロの前に立つ。お湯を沸かす為にコンロに火をつけて彼を盗み見れば既にそこに姿はなかった。
話し声は部屋の奥へと移動していて、スマホ片手に閉めたカーテンの隙間からから外を覗く横顔はさっきまでとは全く違う。
「…え?…へぇ、うん。……うん」
砕けた口調に電話の向こう側の相手が気になってしまう。お湯を足した急須を持って私も部屋に入る。
「あぁ、まあな。…え、明日?明日かぁ…悪いけど、俺はちょっと無理だと思う。ん?いやいやそうじゃなくて…」
嫌でも聴こえてしまう会話を聞いてない振りして湯呑みにお茶を淹れる。明日の電球の交換は急がないし、そちらを優先したらいいと顔を上げればこちらを気にする寛之さんと目が合った。
まだスマホは向こう側と繋がっているのに、私を見る眼には逸らせられない強さを感じる。
「約束があるんだ。またの機会にするよ、じゃあ」
深呼吸を一つした彼が通話を終わらせて湯呑みの前に座る間に瞬きを何度も何度も繰り返した。
「これ飲んだら今日は帰るよ」
向かい合って座るともう目線は絡まない。
「いいんですか?」
電球交換なんて、誘いを断ってまでやらなきゃいけないことではないでしょ?私は困ってないから…ということを伝えたかった。
「どう…いう、意味?」
寛之さんの声のトーンに、また目が逸らせなくなった。
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