それは、小さくて確かな衝撃

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『早く行くから、待っててよ』 唯にハート付きのスタンプを送る。このままいけば予定通りに定時に帰れる。 休憩するのにフロアの中にある自販機ではなく、コンビニにしようとロビーに降りたのはただの気まぐれだった。 昨日の雨で一掃された空は青く、降り注ぐ日差しは輝いていた。唯と一緒に花見に行くのもいいな、と透き通る青空に目を細めた。 「長谷くん」 沙月…。慣れ親しんだ名前を呼びそうになって唇をぎゅっと閉じた。同じ会社にいるんだし、白石とのやりとりもあったから心の準備は出来ていた。 背後から近づく靴音が左横で止まる。 「長谷くんもコンビニ?」 唯との婚姻届にサインをしたあの頃、沙月は既に人妻だった。結婚生活に満たされていない沙月と実のない結婚をした俺。互いに無いものを求める関係になったのは自然な流れだった。 「2日前にこっちに帰ってきたの」 見下ろす角度や見上げてくる瞳が定位置、自然と並んで歩く速さ。4年の月日の流れを感じさせない感覚に背筋がざわつく。 「長谷くんは最近忙しい?」 黙っていても喜怒哀楽を表現するアーモンドアイ。その代わり控えめなカラーの唇はいつだって肝心なことは言わない。 高嶺の花なんかじゃなく悪女だったと癒せない傷の深さに沙月を恨んだ時だってあったのに。 「実はランチで食べすぎちゃって…おやつは抜きにしなくちゃ、ね」 並んで入ったコンビニのカウンターに二人で立った。
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